輝々凛々

ガンバるってことは、素晴らしい事だ。

夫婦別姓ってアホだろ。

YOMIURI ONLINE「夫婦別姓導入へ…政府、来年にも民法改正案」ってアホだろ。

まず現状のシステムの何が問題なのか考えているのかな?

女性だけに姓を変えさせる事が問題? それはなぜ? 女性だけが姓を変えるのが変かな? 婿養子ってのもあるけど、これは例外? そりゃまぁ、何となく子供の頃から男は姓が変わらないもんだって思ってきたから、姓を変えろっていわれると、ちょっとひっかかるものはあるけど、全然大した事ない。というかそれ以前に、姓を大事にして何が嬉しいの? 大切な事はお互いの気持ちで、重要な事は周りが祝福することじゃないの。姓が絶える事で家系が途切れるとか勘違いしている人でもいるの?(でも国の管理はそうなってるか。→404 Blog Not Found:夫婦別姓、戸籍廃止と一緒にできないか

記事中にもあるけど、夫婦別姓にすると大きな問題があるよね。そう、子供の姓。どうすんのよ。両親のどちらかとは姓が変わっちゃうんだぜ。アホだろ。よく考えてよ。そんなことするくらいなら、こうしろよ。

夫婦同姓、ただし親子別姓

結婚するときにさ、新しい姓を作っちゃいなよ。たとえば佐藤君と鈴木さんが結婚する事になったら、結婚と同時に二人とも、佐木とか鈴藤とかにしちゃいなよ。そうしたら男女平等だろ。結婚するときに親とは別の姓になっちゃうけど、それはそれで、親からの独立という節目にも思えて、いい感じじゃん。子供の苗字も悩まなくていいしさ。離婚したときは親の姓に戻せばいいんだから、楽ちんじゃん。

もうひとつ副次的に良い事もあるんだぜ。わかるだろ?

セカイカメラにときめかない件

満を持して登場のiPhone用アプリケーション「セカイカメラ」。iPhoneのカメラに映る映像に対して情報を付加して液晶に映し出すアプリケーション。一般的に現実世界に対して情報を付加したり、何かを可視化したり、逆に不可視にしたりする機能を「拡張現実:AR=Augmented Reality」とか言う。

この「セカイカメラ」、たとえば目の前の「モノの情報」を知りたい時とか、逆に「この裏に安くて美味いラーメン屋あるよ」みたいな情報を残していける。内部の仕組みはどうあれ、それってカメラいるの?

自分には自分の目と耳があって、ちゃんと自分の口で人に尋ねる事もできる。だのに、物の情報をカメラかざして取得するとか、何? や、別に口べたなんだなくらいで済ましてもいい。じゃ、逆に「美味いラーメン屋あるよ」って本当に正しい情報を残してくれる? 不味くても美味いって書いちゃう店員もいるだろうし、そもそも味覚なんて千差万別だし、だいたい美味いラーメン屋がそこらじゅうに溢れてしまうでしょ。

でも、だからときめかないわけじゃないと思う。技術的には素晴らしいし、今後の展開も気になる。でも、何だろう。使う場面を想像できない。たとえば、Googleストリートビューで、どの道がどこに至るのかを見せてくれるのは、一種のARだけど、それは使い道があるし、困ったときに使うなぁと心底思う。だけど、何で「セカイカメラ」を使う場面を思いつかない。

何か足りない。というか、一番の最悪は、なんでiPhoneを通して世界を見なきゃなんないのかってことか。本当に自分の目の前に投影してくれるなら、しかも必要なときだけ投影してくれるのなら、手軽に投影してくれるのなら、あるいはときめくかもしれない。

でも、それをやるくらいなら、バーコードを拡張した方がマシだと思う。ABRだな。

Let it be

When I find myself in times of trouble

Mother Mary comes to me

Speaking words of wisdom, let it be.

And in my hour of darkness

She is standing right in front of me

Speaking words of wisdom, let it be.

Let it be, let it be.

Let it be, let it be.

Whisper words of wisdom, let it be.

勝手に和訳

僕が人生につまづいているとき

僕のそばにマリア様がやってきて

こうささやいたんだ、「そのままでいいのよ」

それから僕が落ち込んでいるときは

いつも僕のそばにいて

いつもいつもささやくんだ、「そのままで」って

そのままでいいって

ささやかれた言葉の通りさ、そのままがいい

世界中の傷つき疲れた人たちが手を取り合っていきたいなら

答えはやっぱりそこにある

手を取り合うために離ればなれになってしまうかもしれないけど

でもまた再会のチャンスはある

そして、夜がくもっていても

それでも光は僕を照らしてくれている

そのまま僕を明日まで照らしてくれ

僕はかすかな音楽にきづく

マリア様がやってきて、やっぱり力強くささやくんだ

そのままでいいって

そのままで、そのまま進んでいきなさいと

そうすれば、後悔も悲しみもないときがやってくるって

そのまま

そのままで

All You Need Is Love

All you need is love

Love is all you need

The Beatles "All You Need Is Love"

勝手に和訳

みんなに愛がいる。愛はみんながいなくちゃダメなんだ。

データベース

データベースのことを全然知らないんで、どうにも試験対策できなくって、本を買ったのだけど、やっぱり妙にわからない。的を射ることができない。どこが足りないんだ、、、、と考えて、何となくわかった気がする。これだ。

データベースの基礎技術というか考え方。これだけしかありません。

というわけで、データベース関連の技術って、底辺にあるのはちょっとだけで、それを実現するためにSQLやら何やらがあるだけのような気がする。というわけで、まとめていきます。

分類とか形式

データベースを構築する際に、どんな型にはめて作るかっていうのがこれ。

  • 三層スキーマ:3階層にわけることで、それぞれの独立性を保ち、他層の変更が他層に影響を及ぼさないように作る型。
  • 概念データモデル:データベース化する対象を抽象化して表すもの
  • 論理データモデル:データベース化する対象を具体化して表すもの

で、気をつけることは、上記3種類の型は別に相反するものじゃないってことで、ひとつのデータベースを「三層スキーマに乗っ取って、概念データモデルを作って、論理データモデルを作る」というように同時に適応することができる。

また、たとえば「概念データモデルはどうやって作る?」に対する答えが「E-Rモデル」であったり、「論理データモデルで一般的に使われているのは何?」の答えが「階層モデル」だったり「関係モデル」だったりする。

設計手法

先の分類とか形式を決めたときに、「どうやってデータベースを作るか?」を体系化したのが次のようなデータベース設計手法になる。

  • トップダウンアプローチ:外部仕様の理想系から作って、実装へと落とし込んでいく。
  • ボトムアップアプローチ:ハードの制約など実装レベルから外部仕様を作っていく。
  • 混合アプローチ:その両方
  • E-R図:これはE-Rモデルを、図で作ろうってもの。

他にも関係モデル用の「キー」やら何やらがある。情報処理試験では、E-Rモデルと関係モデルが頻出する。

DBMS

データベースマネジメントシステムの略。先にあげた分類とか形式で作り上げたデータベースを管理するためのシステム。管理というか、データベースへの新規データ追加をどうやってやるの? とか、あの値を取り出すにはどうしたらいい? みたいなのを決めている。世間的にはSQLを使って取り出したり書き込んだりするみたい。

まとめ

というわけで、データベース関連の出題範囲なんてこんなもの。だけど、E-Rモデルや関係モデルに関する実装手法や実装に関する基礎知識、関係モデルの表を読み取ることやSQL, 関係代数などなど、覚えることは多くある。

たぶん、ネットワークも基本的には同じ。でもたぶん、こういうことを実際に仕事としている人にとって、こういう技術って「全部は知らなくても仕事になるけど、データベース以外のことも知らなきゃ仕事にならん」って感じだと思う。プログラミングできても、プログラミングで作りたい物がなければ意味ないのと同じ。

以上

ルールを堅守して

真のゴールは、ルールを守った先にある。

それ以上の理由があるか?!

何でまた、あいつの為に死に場所に戻る様なマネしなきゃならねェんだ!!

友達だからようっ!!!!

理由なんざ他にゃいらねェ!!!!

尾田栄一郎「ONE PIECE」

答えがイエスであることを願います。

由利枝さん

あなたは今、幸せですか

たとえ今、幸せじゃなくても、将来、幸せになれそうですか?

答えがイエスであることを願います

どうか、どうか

どうか幸せでありますように

加納朋子「ガラスの麒麟」

麒麟

人間の心は難しい漢字みたいだ。

書けなかったり、読めなかったり。

でも、そのぶん、複雑で面白いし、いろんな意味を持つすてきな物語だって作れる。

加納朋子「ガラスの麒麟」

はいはいはいはい

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って、おいおかしいだろ。これ、スパムだろ。

論理の落とし穴

論理的な思考を行う時、その思考の元になった境界条件がすべて正しく、かつ、ひとつの不足もないのであれば、その論理的思考によって導かれた答えは正しい。

それはつまり、ほとんどの論理的思考には正しさがないと言える。

この文章が論理的か、それはわからない。